大阪地方裁判所 平成10年(ワ)4592号 判決 1999年6月30日
原告
甲野太郎
原告
甲野次郎
右両名訴訟代理人弁護士
辺見陽一
被告
福住商事株式会社
右代表者代表取締役
乙山花子
右特別代理人
武田純
被告
乙山花子
右法定代理人後見人
乙山三郎
右訴訟代理人弁護士
武田純
主文
一 原告らの請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は、原告らの負担とする。
事実及び理由
第一請求
一 原告甲野太郎(以下「原告太郎」という。)
1 原告太郎と被告福住商事株式会社(旧商号福寿商事株式会社。以下「被告会社」という。)との間に雇用契約が存在することを確認する。
2 被告会社は、原告太郎に対し、三九〇万円及び平成一〇年五月一日から毎月三〇万円を支払え。
二 原告甲野次郎(以下「原告次郎」という。)
1 主位的請求
(一) 原告次郎と被告乙山花子(以下「被告花子」という。)との間に雇用契約が存在することを確認する。
(二) 被告乙山花子は、原告次郎に対し、四八〇万円及び平成一〇年五月一日から毎月三〇万円を支払え。
2 予備的請求
被告乙山花子は、原告次郎に対し、四六一三万一〇〇六円及びこれに対する平成九年二月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、原告太郎が被告会社に雇用されていたが平成九年四月以降賃金の支払がないとして雇用関係の存在確認と未払部分を含む賃金を(ママ)支払を求め、原告次郎が被告花子に雇用されていたが平成九年一月以降賃金の支払がないとして雇用関係の存在確認と未払部分を含む賃金の支払を求め、さらに、雇用関係の存在が認められない場合に備えて、委託されていたマンション管理の契約には契約期間を長期間とする了解があったにも関わらず、右委託契約を解約されたため、損害を被ったとしてその賠償を求めた事案である。
一 当事者間に争いのない事実等
1 被告会社は、昭和四三年に、倉庫業、不動産の貸借管理等を目的として設立された会社である。
亡乙山一郎(以下「一郎」という。)は、歯科医であっっ(ママ)たが、昭和六二年一二月に死亡した。
被告会社代表取締役の被告花子は、一郎の妻であり、一郎と被告花子間には乙山雪子(以下「雪子」という。)と乙山三郎(以下「三郎」という。)の二人の子がいる。
雪子は平成元年一一月九日精神疾患のため禁治産宣告を受けた。
被告花子も、平成八年一一月七日禁治産宣告を受け、三郎が後見人に就任した。
原告太郎と原告次郎は親子である。
原告太郎は、歯科技工士であり、一郎や一郎の母シヅ(以下「シヅ」という。)と古くからの知り合いであった。
2 原告太郎は、被告会社設立時発起人になり、昭和五五年ころ以降、被告会社から毎月金員支給を受けるようになった。最後に支給を受けたのは、平成九年三月であり、そのころの支給額は三〇万円であった。
原告次郎は、平成二年四月以降、被告花子から月額七万円を支給されてきたが、平成五年一二月からは被告花子所有のFマンションの管理をするということで右七万円を含め三〇万円の支給を受けるようになった。
3 三郎は、被告花子の後見人として、平成九年一月一六日到達の内容証明郵便で、原告次郎に対し、マンションの管理業務委託を平成九年一月末日をもって解除する旨通知し、平成九年一月以降の金員支給をしなくなった。
さらに、三郎は、被告花子及び雪子の後見人として、平成九年一月一三日付の内容証明郵便で、原告太郎に対し、右と同様の通知をし、同年三月以降の金員支給をしなくなった。
4 原告次郎は、Fマンションに隣接する門真市<以下略>の被告花子所有の居宅(二戸一棟。以下「本件建物」という。)等を改修し、その費用を負担するなどした。
また、同原告はFマンション管理目的でマンションに防犯設備を設置した。
二 本件の争点
1 原告太郎と被告会社間に雇用関係が存するか否か
2 原告次郎と被告花子間に雇用関係が存するか否か。(ママ)
3 原告次郎と被告花子とのマンション管理委託契約に長期契約とするとの合意が付随していたか否か
第三争点に対する当事者の主張
一 争点1(原告太郎及び被告会社間の雇用関係の存否)について
1 原告太郎
原告太郎は、昭和三二年ころ、歯科技工士として一郎と知り合い、シヅから不動産管理の相談を受けて信頼されるようになった。
一郎は、昭和四三年に被告会社を設立したが、原告太郎はその発起人となるなどして協力した。
原告太郎は、被告会社の業務や乙山家の仕事などを無報酬で行ってきていたが、昭和五五年ころ、被告会社と雇用契約を締結し、従業員としての賃金を受けるようになった。
しかるに、被告会社からは、原告太郎に対し、何らの通知もなく、平成九年四月以降の賃金が支給されなくなった。
よって、原告太郎は、被告会社に対し、雇用契約の存在確認と平成九年四月から平成一〇年四月までの未払賃金三九〇万円と同年五月から毎月三〇万円の賃金の支払いを求める。
2 被告会社
被告会社は、原告太郎と雇用契約を締結していない。
被告会社が、原告太郎に支給してきた金員は、同原告が被告会社取締役であったことによる役員報酬であり、原告太郎の取締役の任期は既に満了した。
よって、雇用契約が存在することの確認と未払賃金の支払を求める原告太郎の請求は理由がない。
二 争点2(原告次郎と被告花子間の雇用関係の存否)について
1 原告次郎
原告次郎は、平成二年四月に被告花子と雇用契約を締結し、駐車場の管理その他の雑用をして賃金月額七万円の支給を受けていたが、さらに平成五年一二月からは、同被告所有のFマンション(平成五年一一月に完成)の管理をするということで、賃金を月額三〇万円に増額された。
しかるに、三郎は、前記解除通知を発して、平成九年一月以降の賃金を支給しなくなった。右解除通知は、解雇通知であり、何ら正当な理由のないものであって解雇は無効である。
よって、原告次郎は、平成九年一月から平成一一〇(ママ)年四月までの未払賃金合計四八〇万円と同年五月から毎月三〇万円の賃金の支払いを求める。
2 被告花子
被告花子は、原告次郎と雇用契約を締結していない。
被告花子と原告次郎間の契約は、マンション管理の業務委託契約であり、委任契約であって、これについては、前記解除通知によって解除した。
よって、雇用契約の存在確認と賃金支払の支払を求める原告次郎の請求は理由がない。
三 争点3(マンション管理委託契約を長期契約とする合意の有無)について
1 原告次郎
原告次郎はFマンションの管理の必要上、本件建物を被告花子の代理人であった三郎と相談の上、改修することとした。工事を始めてみると、本件建物の腐朽はひどく、回収(ママ)費用が多額となるおそれがあった。そこで、原告次郎は、三郎に建物の状況を見せ、途中で工事を辞(ママ)めると二戸のうち、居住者のいる一戸も危険になること、Fマンション管理のためには近くの方がよいことなどから、修理費用を自己負担して工事を進めた。
また、本件建物に隣接する鉄骨造スレート葺二階建建物(一階事務所、二階倉庫)の一階をマンション管理事務所にする予定で改修した。
これらの改修費用は、合計三七八〇万六九四四円である。
また、Fマンションの管理を始めてからマンションに対するいたずら等の事件があるなどしたことから、三郎とも相談の上防犯設備を設置することとなったが、その費用のうち、八三二万四〇六二円を原告次郎が負担した。
原告次郎が、このように多額の改修費用等を負担したのは、同原告が長期にわたってFマンションその他乙山家の不動産管理の仕事に携わって行くことを予定していたからであり、被告花子の代理人であった三郎にも説明し、了解を得ていた。
しかるに、三郎は、この了解事項に反し、前記解除通知をもってマンション等の管理委託契約を解除した。
原告次郎は、被告花子との契約は雇用であると主張するものであるが、仮に、雇用ではないとして前記解除が有効と判断されるならば、予備的に右解除によって被った損害として、右改修費用等合計四六一三万一〇〇六円の賠償を求める。
2 被告花子
被告花子が原告次郎にFマンションの管理を委託した際、その契約期間を長期とすることを了解した事実はない。
被告花子は、平成四年七月痴呆症で入院しており、意思能力を有していたのは、遅くとも右入院までであるが、Fマンションが完成したのはその後のことであるから、原告次郎との間に、将来完成するであろうマンションの管理について期間まで定めて明確な合意をすることなどあり得ない。
本件建物の改修工事は、原告次郎が自ら居住することを目的として被告花子の了解もなく勝手に行ったものである。三郎は、当時後見人にも就任しておらず、何ら被告花子の代理権を有していなかったし、改修工事を承諾したこともない。
よって、委託契約の期間を長期間とする合意があったとして、その違反による損害賠償を請求する原告次郎の請求は理由がない。
第四当裁判所の判断
一 争点1(原告太郎と被告会社との雇用契約の存否)について
1 証拠(<証拠・人証略>)によれば、以下の事実を認めることができ、右認定を左右する証拠はない。
原告太郎は、昭和三一年に寝屋川市で歯科技巧(ママ)所の経営を始め、一郎が開設する乙山歯科医院と取引するようになったが、昭和三二年ころには一郎が腎炎に罹患したため、診療助手として一郎の仕事を手伝ったりもするようになり、この間の昭和三三年ころ、乙山家所有であった門真市堂山町の居宅を賃借して、同所に歯科技巧(ママ)所を移転した。
乙山家はもと農家で門真市内に多数の不動産を有しており、原告太郎は、堂山町に来て以後、診療所の手伝いのみならず一郎やシヅの依頼で不動産賃貸業の手伝いをもするようになった。
昭和四三年に被告会社が設立されたが、母屋に看板を立てただけのものであり、その後、原告太郎方の一部が会社事務所とされた。株主総会や取締役会が開催されたこともない。
原告太郎は、被告会社設立の発起人になり、同社取締役にも就任し、以後、被告会社の不動産業に中心となって種々関わるようになった。
また、診療所においては勤務医の募集や勤務医との賃金交渉等にも関与し、さらには、乙山家所有の不動産の紛争処理に協力したり、一郎の通院の送迎まで行うなど乙山家の雑事にも関わっていた。
シヅは昭和五一年に死亡した。
原告太郎は、昭和五二年ころ、一郎から必要経費として月五万円を受給するようになったが、それ以外は無報酬であったため、昭和五五年一月一六日ころ、弁護士を交えて一郎と話し合いをもち、被告会社から月二一万円の支給を受けることとなった。もっとも、その前後で、原告太郎の被告会社で従事すべき業務が取り決められたる(ママ)するなどの格別の取扱の違いはなかった。
原告太郎はそのころから歯科技巧(ママ)所の仕事を少しずつ弟子に譲るようになり、昭和六二年には、すべて弟子の一人に任せるようになった。
昭和六二年一二月に一郎が死亡した。
その後は、雪子が精神疾患に罹患して禁治産宣告を受けていたことや三郎は未だ学生であったことから、被告花子が一郎に代わって、家内のこと等を取り仕切ることになった。ただ、原告太郎は被告花子の信頼を得ており、不動産関係の実務は被告花子の依頼を受けて原告太郎が中心となって行うことが多かった。
こうして、被告花子に代わってから、平成元年一〇月ころ、門真市柳町に被告花子所有のKマンションが竣工し、次いで、平成四年一一月には、モノレールの駅建設のため門真市新橋町の被告花子、雪子、三郎所有の土地買収の交渉が成立し、その売却代金でFマンションが建築され、平成五年一一月に竣工したが、これらの建築計画、資金調達、土地明渡交渉、買収交渉等は、被告花子から任されて原告太郎が押(ママ)し進めたものであった。
被告花子は、平成二年ころから痴呆症状が現れ、次第に悪化していき、平成四年七月にはアルツハイマー型痴呆と診断されて入院した。
三郎は、昭和六〇年から平成三年三月に大学を卒業するまで、被告花子と別居していたが、同年四月から自宅に戻った。三郎は被告花子から、何でも原告太郎に任せておけばよいと言われており、被告花子の病状が悪化し、さらに入院してからも、自ら乙山家の資産管理を行うことはせず、原告太郎らのすることに異を唱えたことはなかった。三郎が資産管理を行うようになったのは平成七年ころからである。
Fマンションの建築後、原告太郎にはその報酬として六〇〇万円が支払われたが、これは、三郎が、原告太郎から報酬を請求されて、被告花子の預金から支払ったものである。
また、平成五年七月から被告会社が原告太郎に支給する金員が三〇万円に増額された。
昭和六三年ころから、原告太郎の妻甲野月子も、被告会社取締役に就任して、金員の支給を受けていた。
原告太郎やその妻月子らに支給していた金員は被告会社では役員報酬として会計処理していた。
なお、原告太郎は、被告花子名義の覚書を作成しているが、それには「乙山シヅ様の遺言により、昭和五十五年一月十六日乙山一郎氏乙山花子様と川崎八千穂氏甲野太郎四人で前田弁護士先生と相談し 処遇と相談役等合意決定する(弁護士記録あり) (乙山花子様昭和六十三年一月五日覚書する) 乙山三郎氏平成五年二月六日(福住商事(株)Kマンション Fマンション等の件甲野太郎甲野次郎に委任する」との記載がある。
右川崎八千穂は昭和五五年ころは雪子の後見人であった者である(ママ)
2 以上認定の事実によって判断する。
原告太郎は、昭和五五年に被告会社から金員支給を受けるようになったのは雇用契約を締結したからであり、右金員は賃金であると主張し、本人尋問でこれに沿う供述をするほか、陳述書(<証拠略>)にも同旨を記載している。
確かに、原告太郎は、それ以前から、シヅや一郎の依頼を受けて診療所の手伝いのみならず不動産業や乙山家の諸事に関わってきており、これらを通じて被告花子から深い信頼を受けるに至っていたことなどからすると、乙山家の資産の運用や管理には少なからぬ貢献をしてきたものと認められ、従前の奉仕が無償であったことから、これを改めるため、今後も従前同様の奉仕が期待されて右金員支給がなされるに(ママ)なったものと考えられ、右金員が、原告太郎の提供する奉仕に対する対価であることは推認できる。
しかしながら、まず、原告太郎のそれまでの奉仕といっても、その都度、依頼を受けて種々雑多な事務処理等に携わってきたものであり、一郎らの家事使用人として継続的に労務を提供してきたものではない。原告太郎に被告会社から金員が支給されるようになってからも、原告太郎自身は、当時、他に歯科技工士という本業があり、原告太郎が提供すべき労務や拘束時間などの取決めがなされたわけでもなく、従前同様、必要に応じて一郎らから依頼を受けるなどして不動産管理の事務処理等に当たってきたものに過ぎない。原告太郎自ら作成した覚書にも、昭和五五年一月の弁護士を交えた会談について、「処遇と相談役等を合意決定した」と記載しており、この記載からすると、原告自身、被告会社従業員という立場ではなく相談役として金員を受給するようになったと認識していたことが窺われる。
また、一郎が死亡し、被告花子に代わってから、原告太郎は、前記のとおり、Kマンション建設、土地の買収交渉、Fマンション建設等にも関わっているが、これらは、いずれも被告会社の業務ではなく、被告花子らの個人資産の運用管理であり、これら以外に被告会社のために原告太郎がいかなる労務を提供したかは不明であるにもかかわらず、被告会社からは右金員が支給され続けたほか、原告太郎の妻月子に対しても金員支給がなされるようになっている。もともと、被告会社は、会社組織にしたとはいえ、独自に従業員を雇用して他者の不動産を扱うなどの不動産業等を行っていた形跡はなく、その目的は専ら乙山家の不動産管理等を目的として税金対策などのために設立されたものではないかと考えられ、そうすると、原告太郎に対する金員支給も、これら乙山家の個人資産の管理等をも含めた奉仕に対する対価として支給されるようになったとみる方が適切である。そして、少なくとも、これら個人資産の管理に関する事務処理等は、原告太郎に対する信頼のもとに被告花子から依頼されたものと認められ、これらのほかに、原告太郎が何らか被告花子の指揮命令を受けて継続的に被告会社の業務に従事したことを認めるに足る証拠はない。
さらに、平成五年になると原告太郎に支給される月々の金員が増額されたり、Fマンション建設の報酬が支給されたりしているが、被告花子は、平成四年七月ころには既に痴呆証(ママ)で入院しているから、これらが被告会社代表者である被告花子との合意に基づくものとは考えられず、原告太郎の要求に、三郎(同人は被告会社代表権を有しない。)が、事情の分からないまま応じて支払ったものと考えられ、これらをみても、被告花子や三郎に対し、原告太郎が優越的な立場に立って振る舞っていたことが認められる。
これらに加え、被告会社内部のこととはいえ、原告太郎に支給する金員を役員報酬として処理していたことや、平成五年に至るまで支給額の増額がなかったことなどをを(ママ)総合考慮すると、被告会社が原告太郎に支給していた金員は、被告会社の業務と乙山家の個人名義の不動産の管理などを厳密に区別することなく、原告太郎が、これら乙山家に関わる資産管理その他の事務処理に関して、必要に応じて被告花子らの依頼を受け、種々の奉仕をすることに対する対価として支給されるようになったものであって、便宜上、被告会社からの役員報酬として会計処理されてきたと解するのが最も事態に適しており(強いていえば、準委任契約と言うべきであろう)、そうすると、原告太郎と被告会社との間には、原告太郎が、被告会社代表者の指揮命令のもとで継続的に被告会社の労務に服するという雇用契約が締結され、これ基(ママ)づいて被告会社から原告太郎に対し、賃金として金員が支給されてきたものとは認め難い。
よって、原告太郎の請求は理由がない。
二 争点2(原告次郎と被告花子間における雇用契約の存否)について
1 証拠(<証拠・人証略>)によれば、以下の事実が認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。
被告花子所有のKマンションは平成元年一〇月に完成した。
原告次郎は、平成二年二月ころ、針(ママ)灸学校に入学するため大阪へ来て、そのころ、原告太郎に、被告花子を紹介され、同年四月から駐車場の見回りなどKマンションの管理に関わるようになり、被告花子から月七万円の支給を受けるようになった。その際、勤務条件等の細かい取決めはなかった。
原告次郎は、平成三年四月から針(ママ)灸専門学校へ通学するようになった。
その後、平成五年一一月にFマンションが完成すると、原告次郎は、同年一二月から同マンションの管理をもするということで、管理料の名目で二三万円の支給を受けるようになった。また、電気代名目で月一万円が別途支給されていた。
また、原告次郎は、被告会社からも、賃金の名目で、月二万円の支給を受けていた。
そのころ、被告花子はすでに入院中であり、三郎は、原告次郎から言われるまま右金員を支払っていた。この管理料及び電気代は、毎月、三郎が持参し、原告次郎から領収書を受領していた。
なお、これらのマンションの管理は別途不動産業者にも依頼されており、家賃や共益費の集金、入居者の募集などは不動産業者が行っていた。
2 前記一の1に認定した事実及び右認定事実によって判断する。
原告次郎は、平成二年ころにはすでに、被告花子との間に雇用契約が締結されており、これに基づいてKマンションのみならずFマンションの管理を行ってきたものであると主張し、原告本人尋問で、Kマンションの管理にかかわるようになったのは、原告太郎がしていたものを引き継いだもので、原告花子の補佐として雇用された、(ママ)また、当時既にFマンションの建築も計画されており、完成後に原告次郎が管理することも合意されたなどと供述し、陳述書(<証拠略>)にも同旨を記載している。
しかしながら、当初の七万円の支給がいかなる名目で支払われていたかは必ずしも明か(ママ)ではないが、Fマンションの管理に関しては、名目上、管理料であって、賃金とはされておらず、同じくマンション管理に関わる対価であることからすると、同種のものとして支払われていたものと推認される。しかも、Fマンションの管理料はKマンションの管理料とは別途支給されており、これらが賃金であるとすれば、このように分断して支給する必要はないはずである。また、七万円という金額からすると、当初は終日勤務を予定していたものでないことは明らかであるが、勤務時間等の取決めもなされてはいない。
さらに、平成二年ころは、Fマンションの建築計画はあったは(ママ)としても、未だ資金調達もできていない時期であり、このころ既に完成後の同マンションの管理まで予定した雇用契約をしたというのはいかにも不自然であり、被告花子とFマンションの管理まで合意していたという原告次郎の供述や陳述書の記載は信用できない。そして、原告次郎が、Kマンションの管理に関わるようになったのは、右認定のとおり、原告太郎の紹介で、Kマンションの管理に携わっていた原告太郎を引き継いだものであるが、原告太郎と被告会社や被告花子との関係が指揮命令権を予定した雇用というようなものでないことは前記説示のとおりであり、原告次郎が原告太郎と親子関係にあることや当時鍼灸師の資格取得を目指していたことなどからすると、被告花子の指揮命令を受ける使用人として雇用契約を締結したかには多分に疑問がある(被告会社からも賃金名目での支給を受けていたことなどまで考え併せると、むしろ、一時的な生活費の支給に名目を付けたに過ぎないのではないかとも思われるところである)。
これらに加え、後述のとおり、平成七年ころ原告次郎が多額な費用の半額を負担してFマンションに防犯設備を設置したりしていること(この事実は、原告次郎と被告花子間の契約を雇用以外のものであると解したとしても不可解な事態というべきであるが、原告次郎が、自らを被告花子の単なる使用人とは考えていなかったことが示唆されているというべきであり、両者間の契約が雇用であったことを否定する一事情と考えられる。)などの諸事情に鑑みると、原告次郎と被告花子との間の契約が雇用であり、支給されていた金員が賃金であったとは認められず、平成二年に雇用契約を締結したという原告次郎の供述は採用できない。
よって、雇用契約の存在確認と未払部分を含む賃金の支払を求める原告次郎の請求は理由がない。
三 争点三(ママ)(マンション管理委託契約を長期契約とする合意の有無)について
1 右に説示したとおり、原告次郎と被告花子間の契約が雇用契約であったとは考えがたい。
そして、前記二の1に認定した事実によれば、右両者間の契約は、マンション管理の委託契約であり、しかも、Fマンションの管理委託契約は、Kマンションのそれとは別に後になってなされたものであってその法的性質は準委任契約というべきである。
なお、Fマンションについては、そもそも被告花子との間に委託契約が締結されていたかについて疑問のあるところである(平成五年末ころは、被告花子は入院中であり、三郎は未だ後見人に就任していない。)が、その後被告花子の後見人に就任した三郎は、本件解除通知を出すまでは、原告次郎のマンション管理を承認して、管理料を支払うなどしてきているから、右当時三郎に代理権がなかったとしても、黙示の追認はあったものと解される。
2 そこで、右委託契約に際して、委託期間を長期とする合意が存したか否かについて判断する。
(一) 証拠(<証拠・人証略>)によれば、以下の事実が認められる。
(1) 原告らは、平成六年一〇月ころFマンションに隣接する二階建建物の一階部分を改修し、鍼灸院兼管理事務所とした。その費用は、原告らが負担した。この改修は、費用を折半することで三郎も了解している。
原告次郎は、Fマンション付近の借家に居住していたが、平成七年の震災によって家屋が損壊し、家主から明渡しを求められるようになった。
このため、原告太郎は、そのころ、三郎に本件建物を原告次郎の居住用に借受けたいとの申出をした。その際、本件建物が相当老朽していたことから改修工事を行うこととし、改修費用を、原告らが負担することとして三郎の了解を得た。
原告らは、後に返還することを約して改築工事の手付金二〇〇万円を三郎に支払わせた。また、その後も改修工事費の一部として三郎に二五〇万円を支払わせているが、これらは、後に返還された。
本件建物の改修工事は平成八年一月ころまでにかけて行われた。
原告らが、右改修工事にかけた費用は合計で三七八〇万余円にも及ぶものである(なお、その内訳は、鍼灸院兼管理事務所が約七〇〇万円、本件建物が約三〇〇〇万円というものである)。
(2) また、原告らは、警察の助言もあってFマンションに防犯カメラ等の防犯設備の設置を三郎に相談したが、三郎は高額すぎる等を理由にこれを渋り、結局、原告らが費用の半額を負担して設置することとなった。
平成七年二月ころ、費用七五六万余円をかけて設置工事が行われた。
しかるに、その後も車上荒らしなどがあり、同年五月ころ及び一〇月ころ、それぞれカメラ数を増やすなどの追加工事を行い、その費用に六五八万余円を要したが、これについては、三郎はその一部約二〇〇万円を負担したのみで、その余は原告らが負担した。
(3) 原告らで負担した右の回収(ママ)費用や防犯設備設置の費用は、原告太郎が、原告次郎のために支出した。
(二) 右の認定事実に対し、被告花子は、本件建物の改修工事は原告らが勝手に始めたものであるとか、三郎は本件改修工事等を承認していないなどと主張している。
しかし、原告太郎から、原告次郎のために住居を借受けたいとの申出がなされていたことは、三郎も本人尋問で認めており、改修工事の手付金等を支払っていることからみても、改修を行うことは承知していたものというべきである。また、三郎は未だ後見人には就任していなかったが、三郎以外他に被告花子を代理できるものはなく、三郎は本件建物の改修以外でも、本件事務所の改修や防犯設備設置などについて原告らとの交渉などを行ってきており、事実上代理人として振る(ママ)舞っていたと認められる。
したがって、右認定事実に反する、被告花子の主張は採用できず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。
(三) 次に、原告次郎は、多額の費用を自己負担して鍼灸院兼管理事務所や本件家屋を改修したり、防犯設備を設置したりしたのは、同原告が、永くFマンションの管理業務に携わることが了解されていたことによるものであると主張している。
確かに、原告らが、これらの費用を自己負担した背景には、将来長期にわたってFマンションの管理を継続して行く意思が働いていたことは否めないところである。
しかし、第一に、もともと、Fマンションを原告次郎が管理することですら、前記認定のとおり、三郎が明示に依頼したものではなく、原告次郎が管理を始め、三郎は、原告らに言われるまま同マンションの管理料を支払うようになったのであり、三郎が後見人に就任したころには、もはやそれまでの経過から管理委託契約自体を否定することは現実的でない状況になっており、そのために契約解除通知をするまで管理料を支払っていたに過ぎないものと解され(三郎は後見人就任後、間もなく解除通知を発している)、そこでは、常に既成事実が先行してきており、原告次郎が管理を始めたころに管理委託契約の期間などまで予定していたことを窺わせる事情は何ら認め難いし、三郎が後見人に就任した後に長期間の契約とする旨の明示黙示の合意をした事実も認められない。
第二に、三郎は、右認定のとおり、原告らによる鍼灸院兼管理事務所や本件建物の使用や改修、防犯設備の設置を了解していたものと認められるが、このうち、鍼灸院兼管理事務所の改修費用は、原告次郎自らが開設を予定している鍼灸院のために費用の半分を負担することとなったものであるし、本件建物の改修も、原告次郎自らの居住用にすることでその費用を自己負担するという原告らの申出が認められたに過ぎず、これらに原告らが費用を投じたのは自らの必要性のためであったというべきである。右のとおり、原告次郎のFマンション管理について、原告らの主観的な期待はともかくとして、それ以前に、契約期間を長期間と予定したような事情は何ら認められず、三郎としては、当時既に管理行為を行っていた原告次郎の鍼灸院の開設や居住の便宜のために、Fマンション付近の居宅等を提供したに留まるとみるべきであり、このために、マンション管理の委託契約が解除できなくなったり、あるいは、解除した場合には改修費用を負担しなければならなくなるというのであれば、そのような義務を負担してまで使用や改修の許諾をしたとは到底考えられない。
第三に、原告らが防犯設備設置費用の一部を自己負担したことであるが、この点は、自己使用目的の本件建物に多額の改修費を投じたりしたこととは異なり、仮に管理委託契約の期間を長期とすることが了解されていて、契約の長期継続に対する期待があったとしても、所詮は被告花子所有であるFマンションのための防犯設備であるから、その多額の設置費用を負担するということは通常は考えられないことである(原告次郎が主張するように、被告花子との契約が雇用であったとすれば、なおのこと右のような費用負担をしなければならない理由はない)。原告らに贈与意思があったとも考えられない(原告太郎も、本人尋問で贈与意思のなかったことを述べている)。そうすると、原告らが自己負担した意図は判然とはしないが、その真意を詮索するまでもなく、少なくとも、原告らがこれを自己負担したという事実から長期契約の了解が裏付けられるものとはいえない。
以上によれば、Fマンションの管理委託契約を長期とする了解がなされていたとは認められない。
よって、了解事項違反を理由に損害賠償の支払を求める原告次郎の請求は理由がない。
(裁判官 松尾嘉倫)